マクベスの「The night is long that never finds the day.」を「明けぬ夜はない」と訳すのは名訳かと思います。実際は「この夜は永遠に明けない」というニュアンスかも知れないとも思いますが。
映画「すずめの戸締まり」に関連して、Rayさんが素晴らしい記事を書いています。
相場の用語で「行って来い」というものがあり、ボラリティがあっても結局同じ水準に戻ることを「行って来い」と言ったりします。
いってこい (いってこい)
同じ日のうちに相場が同じ幅だけ上がって下がり(またはその反対)、結局、前日の引け値と同水準に落ち着くこと。 1日の相場の動きで使う場合が多いですが、一定期間で相場がこういう状態になったときに使うこともあります。 「往って来い」と記す場合もあります。
僕はこの言葉が好きでつい使ってしまいます(相場の文脈ではなく)。
これって実際は逆関数の結合です。
A∧¬Aということです。
Aであり、かつNotAということです。
「行って、来い」だからです。同じ幅だけ上がって下がるからです(そして同じ水準へ)。
で、本題は何かと言えば、
「いってらっしゃい」という言葉がこの「行って来い」と同じ構造を持つということです。
「行って」「来ます」
=「行って」「(帰って)来ます」
「行って」「いらっしゃい」
=「行って」「(無事に)帰ってきてください」
とRayさんは書いています。
「いってきます」が「行って」&「(帰って)来ます」であり、
「いってらっしゃい」が「行って」&「(新婚さん)いらっしゃい」であるというのも面白いです(「新婚さん、いらっしゃい」は冗談)。
2つの矛盾した概念が結合しているのです。シュンペーターですね。新結合ですね。
そしてこれはフレームの開始であり、終了です。
それに関連して、「ありがたい」が「有難き」から来ているように、今回「すずめの戸締まり」を観ながら、「明日」という文字は「明るい日」と書くのだなと思いました。
まさに「明けぬ夜はない」のです。どんなに絶望的に見えて、どんなに道が無いと思えたとしてもです。
(最近のトラブルで良く僕らが口にしていたのは「ごめんなさい」は「ご免なすって」とコミュニケーションを断ち切るということです)
というわけで、明るい日である明日に「浮身をオイルトリートメントに応用するセミナーを17時から19時半くらいまで開催します!(受講料5万円、オイルトリートメントスクール受講生対象)
これはビデオ受講は想定していません!リクエストがあればま開催します。
浮身の一連のワークが気功整体においてエポックメイキングであったように、オイルトリートメント版の浮身は革命的です!!
翌月曜日もセミナーを予定しています。
直前の告知で申し訳ないです!!
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