「解毒をしていきましょう!」というのが今回のテーマです。
この先の大きなテーマでもあります。
何の話かと言うと、短期的には今月のセミナーのテーマであり、長期的には人生のテーマです(大風呂敷かっ)。
「毒親(どくおや)」という言い方が僕はあまり好きではありません。
これは1989年にスーザン・フォワードが発表した「Toxic Parents」(毒になる親)の略語として定着しつつある言葉です。「毒になる親」であり、親が毒になるという意味です。
*「なかなか読み進むることが難しい」というフィードバックを多くいただきます。
無理に読まないで、読めるところまでゆっくり読みましょう。頭から幾度も繰り返し読んでも良いのです。
この本を読むという行為は、僕らにとってはセルフ脱洗脳そのものです。ですので、じっくり取り組むことが早道です。
「まといのば」ではこの「毒」の本質を社会的洗脳と考え、親が意図して洗脳しているわけでは毛頭なく、親もまた洗脳されており、たまたま巨大な洗脳システムの尖兵(せんぺい)として親が機能しているだけだと考えています。
ですので、毒親ではなく、社会的洗脳と言いたいですし、毒にフォーカスするのではなく、解毒を合言葉にしたいと思っています。毒親という概念は、その毒を固定化しやすくなります。
「自分の親は良い親だと思っていました」という状態から、「あれ、自分の親もまた毒親だったのかも」という気付きがあるのは良いことです。でも、その気付きの臨場感空間に移動したら、慣性の法則で、次の移動をしたいのです。
「あ、これって連鎖するものであり、親個人の問題ではないんだ」と次の気付きの臨場感に素早く移動したいのです。
敵を見つけて安心して、その塹壕(ざんごう)の中にとどまるのではなく、飛び石のように臨場感空間を移動したいのです。そのプロセスの1つとして「毒親」があるのであれば良いのです。
ですので、「まといのば」では毒親ではなく、解毒をキーワードにしています。
繰り返しになりますが、「まといのば」ではこの「毒」の本質を社会的洗脳と考えます。
親が意図して洗脳しているわけでは毛頭なく、親もまた洗脳されており、たまたま巨大な洗脳システムの尖兵(せんぺい)として親が機能しているだけだと考えています。
善意と愛情で良かれと思って子供に接していることで、毒親になることもあるのです。
裏を返せば、親が意図的に子供を洗脳しているわけではないということです。
この理由はシンプルです。
ほとんどの親は意図的に自覚的に洗脳できるほどの知性が無いからです。ほとんどの親は洗脳するための特殊な訓練も受けていません(当たり前です)。
「ほとんどの親」という言い方に語弊があるならば、ほとんどの人間にはと言い換えれば、意図がよく伝わると思います。
むしろ愛情を持ってきちんと育てているつもりなのに、自分の認知の歪みが反映して、毒になってしまうというのがこの問題の根深いところです。
この無自覚な洗脳、そしてそれによる悲惨な結果というは、別な形でも分かりやすく展開されています。
たとえば、現代でも六条御息所の悲劇は枚挙にいとまがありません。
源氏物語の六条御息所(ろくじょうみやすどころ)は強い嫉妬のあまり、生霊として人を殺します。六条御息所は光源氏の最初の頃の恋人。若い男は年上の女性にクラっとするものです(多分)。かつてのイタリア映画の「青い体験」などが思い出されます。ホワイト革命以後ではこのような作品は発禁となるのでしょうか。
*この嫉妬と恨みにかられた六条御息所の鬼女の面がのちの般若面になります。
とは言え、言葉はひっくり返るものです。「アルコール」や「タバコ」と同じ、かつては自由の象徴、Coolさの象徴だったものが、時代が変わると、変わるものです。
そもそも「般若」(サンスクリット: प्रज्ञा, prajñā)とは仏教用語。智慧の意味です。
六条御息所の生霊をおさめるために詠まれたのが「般若経」。そこから、六条御息所のような嫉妬や恨みにかられた生霊の面が「般若面」と呼ばれているそうです。(Wikipedia)
日本では、嫉妬は緑色の目をした怪物(シェイクスピア)ではなく、六条御息所の般若の顔なのです。
いや、意図的な「呪い殺し」も常習的に行われています。嫉妬に狂った生霊ではなく、悪魔的な喜びによって人を死に追いやることが日常的です。
身体を傷つけるのではなく、心を傷つけることで、結果的に死に追いやるのです。これを現代風に言えば「いじめによる自殺」ということになります。
暴力によって直接的に殺すのではなく、見えない暴力によって間接的に(自分で自分を殺すという形で)殺すのです。
このように呪い殺すという方法に関しても、彼らは特殊な訓練を積んで洗脳方法を習得したというよりは、現代的な洗脳の尖兵(せんぺい)としてたまたま機能しているのです。もちろんそれで加害者たちの罪が免れるわけではありませんが。
ベンサムが良かれと思って提唱したパノプティコン(刑務所の一望監視)は、ミシェルフーコーによって悪魔の道具のように書き換えられました。ベンサムはまさに「最大多数の最大幸福」を実現する方法として、グロテスクなパノプティコンを想起しました。いつも見られているという緊張感の中で、人は良い人として振る舞うことを強制されるのです(これは現代社会をそのまま表しています)。
フーコーは著書『監獄の誕生ー監視と処罰』ではさらにこう分析している。ユビキタス監視は監視機関に権力を付与し、人々に服従を強制するだけでなく、個人の内に監視人を生み出す効果がある。コントロールされていることにも気づかず、人々は無意識のうちに監視人が望むとおりの行動を取るようになる、と。パノプティコンは「閉じ込められた者に常に見られているという意識を植えつけ、権力が自動的に作用する状態をつくり出す」。そういった監視状態が人々に内在化すると抑圧の明らかな証拠はもはや見られなくなる。抑圧する必要がなくなるからだ。「外側の権力には物理的な実像が求められなくなる。つまり、眼に見えない力が人々をコントロールしていくのである。このような状態に近づけば近づくほど、監 視の効果はより大きく持続的なものになる。それは、いかなる物理的な対立をも避けた見事な勝利、初めから勝つことが決まっている勝利だと言ってもいい」(グレン・グリーンウォルド 「暴露 スノーデンが私に託したファイル」pp.262-263)(寺子屋「カントの純粋理性批判」で紹介しました)
c.f.寺子屋カントの純粋理性批判!〜プラトン、ニュートン、BicameralMindとパノプティコン〜 2014年07月03日
漂白された社会としてのホワイト革命をテクノロジーで支えるがこのパノプティコンです。
至るところにある監視カメラだけではなく、自分の手の中にあるテクノロジー(スマートフォン)があなたを監視し続けるのです。
ホワイト革命のもたらす結果は意識的ではなく、共感覚的です。
意識にそれほどの力はありませんが、無意識に書き込まれたアルゴリズムは感覚によってフィードバックされます。共感覚的なのです。
「キモイ」と「エモい」です。
かつて自由の象徴であったことが「不潔」と認識され、「臭い」と感じられるようになるのです。
c.f.保守派はしばしばリベラルを「うさん臭い」と批判するが、彼らはほんとうに臭いと感じているかも 2018年06月26日
岡田斗司夫さんが「ドラッグと同じ」と言う見事な表現をされています。
60年代であれば、ドラッグは自由やリベラルの象徴であり、Coolだったのです(それはタトゥーも暴力も同じだと僕は思っています)。
知識もかつてはキラキラしていました。
かつての価値観やパラダイムの中では、王であったものたちが、その座を引きずり降ろされたのです。そして乞食のような扱いを受けるのです。
それがドラッグであり、暴力であり、科学です。
このリストの中には、性交渉も含まれ、抱擁やハグも忌避され始めるのでしょう。
ソーシャルディスタンスなるグロテスクな用語は次世代の「普通」になります。
インフォデミックがあぶり出したのは、非科学性だけではなく、ホワイト革命というグロテスクな存在の予兆、すなわちイントロダクションだったのではないかと思っています。
暴力に関して付け足すならば、現在の格闘技ブームというのは、もしかしたら最後の盛り上がりなのかもしれません。少し前がそうであったように地下に潜らざるをえなく、ホワイト革命の中では否定されるものとなるように思います。
(引用開始)
だって、東京ドームみたいなところで真ん中にリングを置いて、人が殴り合っているのを客が喜んでいる光景って、俯瞰して見たらどう考えてもおかしいですよね。人が傷つけられて倒れるのを喜んでるんだから。(引用終了)
c.f.格闘技って、あくまで「技術」なんですよ。緻密な研究や理屈の上にすべてが成り立っている(青木真也) | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ
この俯瞰的な発言が稀代の格闘家から出るところがすごいと思います。
やはり何事につけ、頭の良さというのは必須なのです。
とは言えこの「頭の良さ」もホワイト革命の中では、漂白されるように思います。
知性や論理がリスペクトされる時代は終わりを告げたのです(ですから、非科学的であることが恥でも何でもない現状があるのです)。
科学が終わるのではなく、ルネサンス以降の科学主義の時代が終わるのです。
ドラッグは有史以来存在するし、これからもすたれることはないだろうけれど、ドラッグがインスタントヨガなどともてはやされる時代は一瞬だったということと同じです。自由の象徴、クールさの象徴だった時代が終わったということです。
暗い洞窟の中で、こっそりと嗜まれるものになります。
同様に、かつてタバコが大人の階段であり、喫煙はクールだった時代がありました。
今回のセミナーの方針はシンプルです。
(いや、シンプルなのか?)
第一に「未来が確実に来ることをまず受け入れよう!」ということです。
これは特に現代の勝ち組の皆さんにはなかなか受け入れられないことです。
これまでの時代に適応したからこそ、うまくいったからです。それは意識的でもあり、無意識的でもあります。その成功体験がパラダイム・シフトを意識的にも、無意識的にも受け入れられないのです。
ルールがガラッと変わるのです。Game Changeするのです。
これまではたしかにサッカーで成功したかもしれないけど、無情にもこれから野球が始まるのです。これまで成功した全てが無効化されるのです。
c.f.「ああ、私は何と頭の悪い老けた鳥だったことか!」(ケプラー)〜世界を変えた書物展〜 2013年09月24日
ですから、僕らはスルッとポジションを変えましょう。思想信条もパラダイムも適応させましょう。変わるものが生き残るものです。
c.f.♫あなたのためにポジションを変えるわ。そんなこと、私はいつもしないけど♫(アリアナ・グランデ) 2020年11月16日
第二に、「どんな新しいゲームであったとしても不可欠である脱洗脳を先に済ませておきましょう!」です。
その一つが解毒です。
解毒というのは毒を抜くこと。
自分のパフォーマンスを致命的に落としている自分の中の毒(洗脳のアルゴリズム)を抜いておこうということです。特に現代の毒は現代に特有なフレーバーがあります。現代に特化したものです。次の時代にはますますお荷物になります(同じ時代ならば毒が有効である場合があるのです。毒が回っている人ほど成功しやすいという厄介な現象はそれが原因です)。
解毒をしておいて、虎視眈々とチャンスを待ちましょう。
良いカードを持っているやつがいつも必ず勝てるわけじゃないのです。頭を使い、感覚を使いましょう。
c.f.「良いカードを持っているやつがいつも必ず勝つわけじゃない」(ドラマ「Silicon Valley」) 2016年08月07日
第三に、いま分かる範囲で次のパラダイムを先取りしておこう。そのグロテスクな世界観に早く慣れてしまおう!
それが岡田斗司夫さんの言う「ホワイト化する社会」そして、「漂白された社会」です。
「まといのば」の次世代予測はMadMaxじゃなかったのか?という反論があるでしょうが、そのとおりです。
我々が迎える社会は暴力が漂白されたMadMaxだったのです。
暴力という汚れが漂白されているのです。
ちなみに論理的にも実際的にも、漂白された暴力はより暴力的です。
それは現代の巨大な社会実験が示している通りです。
フーコーが言うように死刑を民衆から隠すことで、公開処刑から非公開処刑にすることで、管理や洗脳はより強められるのです。
とは言え、不確実性は下がるので、安全な時代にはなると期待しています。
(ドラレコのようなパノプティコンが、煽り運転という洗脳による内なる凶暴さへの抑止効果があるのです)
というわけで、是非お楽しみに!
ちなみにコンテンツをチラ見せすると、、、
解毒とは文字通り「毒を解(ほど)く」ことです。
解毒とは謎解きなのです。
なぜ自分は息苦しいのだろう、生き辛さがあるのだろう、何が自分の足を引っ張っているのだろう、、、、
その謎を解くのが「解毒」です。
そのパターンは驚くほど少なく、あっけないほどシンプルです。ただ、認められないだけです。
なぜ、認められないのかと言えば、あと1ピースが足りないからです。
1ビットあまりの情報が足りないのです。
ということで、まずはCase Studyとして、練習問題を解きます(練習問題はブログに掲載しています)。シン・メンター養成BootCampの最終回で取り扱った問題ですね。
c.f.結婚式の時、両親はいつものように全てを取り仕切ろうとしたが、自分達のやりたい方法でやることにした 2021年12月16日
c.f.毒親問題もさることながら、「数は殺人を神聖化する」の読み解きプロセスからの衝撃が大きかったです。 2022年01月08日
他人事(ひとごと)のCaseを真剣に考えると、自分の問題も解(ほど)けてしまうのです。
自己と他の分離というのは、近代の毒の1つだと僕は思っています。
分割できない存在としてのIndividual(Divideできない)な自己というのは幻想です。その幻想が我々を苦しめるのです。自己ですらもっと細かく分割できますし、他者とは融合しています。
そして、気功技術としての「解毒」の強烈な効果を感じてもらいます。
それから(これは時間の許す限りですが)、脱洗脳の切り札としての全く新しい技術を公開します。ちなみにホルモンから切り込む方法なのですが、まさかホルモンレベルに働きかけることが、脱洗脳や蟲駆除にここまで効果があるとは思わず、驚きでした。文字通り偶然がもたらしたセレンディピティです。
c.f.あなたがたの中で交通事故を経験したことのない者が、まずこのGoogleCarに石を投げるがよい 2012年05月12日(セレンディピティについてはこちら)
c.f.モチベーションがなくなったときにどうすればよいか? 2012年09月13日
c.f.世界のどこかに正しい情報があるのではなく、自分にとって有効な情報が目の前にあるだけ 2014年04月21日
ママンクラスの蟲に特に効果的です。というのは、かなりすごいことです。
おそらくベテランばかりが集まるので、ママンクラスの蟲に対するオーソドックスな駆除方法も紹介します。そしてワークもしましょう。
久々に「Frozen」も復活です。
(Frozenとは「アナと雪の女王」の原題です。そこから技術名を取りました)
というわけで、お楽しみに!!!
今回は変則的ですが、土曜日の17時から開催です!
従来どおり、ライブ(Zoom)受講も、ヴァーチャル(ビデオ)受講も可能です!!
【まといのば講座『漂白された未来に備えよ〜不可避なホワイト革命に備えるための解毒法』】
【日時】 1月29日(土)17:00~20:00
【場所】 四ツ谷のセミナールーム(丸ノ内線四谷三丁目駅、都営新宿線曙橋駅が最寄り)
【受講料】 30,000円(PayPal決済可能です。請求先アドレスを記載してください)
【受講資格】 「まといのば」スクール修了生、OnLine MenTor受講生・修了生
【持ち物】 情熱とゴールと筆記用具
【お申し込み】お申し込みはこちらから!!
*ライブ(Zoom)受講も、ヴァーチャル(ビデオ)受講も可能です!!
バレエをやめれば楽になれると思った。
だが違った。
苦しみから解放されるには踊るしかない(セルゲイ・ポルーニン)