Sweetboxのシンデレラという曲があります。
結婚式でよくかかる曲ですね。
Cinderella are you really that happy?
Cinderella are you really that lucky?
I want to know is your life like you dreamed?
(シンデレラ、あなたは本当に幸せ?
シンデレラ、あなたは本当に幸運?
あなたの人生は、夢見たような人生だったのか、知りたいわ?)
グレイス・ケリー大公妃やダイアナ妃といった現代のシンデレラたちが本当にハッピーだったのかは、分かりませんが、彼女たちが長生きしたとしたら、その幸福度はかなり上がっていたに違いありません。
(邪推ながら、嫉妬を避けるための戦略だったようにも思えますし、、一方で彼女たちの人気はその率直さにあるとも思えます。言葉通りとって良いのかもしれません。また我らが雅子妃についても気の毒に感じます)
科学的な見解として、高齢者は、若く強く健康だった昔よりも、現在の方が幸福だと感じているのです。
青年期にはいるとともに、人生を憎んだというバートランド・ラッセルは、晩年(というか幸福論を書いたころ)には「今日、私は生活を楽しんでいる。いや、こうも言えるかもしれない、これからさき、年齢を重ねるごとに、私はいっそうこの生活をエンジョイするだろう」と言っています。
*幸せなラッセルw
*「今日、私は生活を楽しんでいる。いや、こうも言えるかもしれない、これからさき、年齢を重ねるごとに、私はいっそうこの生活をエンジョイするだろう」
この転向の理由をラッセルはいくつも並べてみせていますが(その中のいくつかは(幸福論」の重要なテーマでした)、しかしその本質的な理由が年齢を重ねることであるとしたら、、、、面白いと言えます。
Pre-suasionの中にこうあります。
(引用開始)
彼らは残された年月に、感情的に満ち足りた時間を求めるようになり、それを得るために入念な手順を踏みます。その獲得に必要なのは、自己への影響力に関する地理学の修得です。彼らは若い頃よりも頻繁かつ熱心に、気分を高揚させてくれる心の内外の場所に向かいます。高齢者は若い人たちよりも肯定的な記憶を思い出し、気分の良くなる考えを受け入れ、自分に都合の良い情報を探して心にとどめ、幸福な顔を探したり、じっと見つめたりします。そして、持っている消費財の良い面に注目するのです。(引用終了)
チャルディーニが言いたいのは、これは年齢によるものではなく、死を身近に感じ、時間がないと感じたときに、彼らが取る戦略であり、訓練の賜物によるということです。
カラクリはシンプルにスコトーマの原理です。
しかし開運講座でも取り上げたように、この戦略のポイントは単なるスコトーマの原理だけではなく、その態度が宇宙自体を書き換えることです。
老年にさしかかると、周りの人々が否応なくどんどん死んでいく中で、死を強く意識せざるを得ないのです。そのとき時間が希少だと感じ、そして、戦略を変えるのです。
Memento mori(死を忘れるな)ですね。
(セネカの「人生の短さについて」を思わせます。これはタイトルは釣りであり、ある生き方をするものたちにとって、人生は十分に長いという話しでしたw)
(引用開始)
自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。
Remembering that I'll be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything ― all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure - these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.(引用終了)
であれば、最初からその戦略を採用すれば良いよね、というのがチャルディーニの提案です。
老人になるまで待つことはないのです。
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いや、まったくその通りです(というか、そういうセミナーを昨日は開講しましたw)。
まあ、僕自身も老人の域にはいりかけたお年ごろになってきたので、ようやく分かりはじめました(*^^*)
若い頃に知っておきたかったなどと悔やんだふりをしても、そもそも若い頃には聞く耳を持ちませんでした(アランの幸福論は10代になる前から読んでいますし)w
すごくざっくり言えば、若いときの戦略と老いの戦略は微妙に異なります。その微妙な差が大きく結果を左右します。
アランはこう言います。
砂糖菓子は何もしないでも溶けて美味しいものだから、多くの人はそれと同じように、しあわせも味わえるだろうと思うから、だまされてしまうのである。
*アランはずっと高校の倫理の先生でした。そして新聞に書き続けました。
*僕が哲学に興味を持ったのも、父の影響以外で言えば、高校の倫理の授業でした。端正で美しい先生でした。
これは僕は大好きな一節です。
砂糖菓子は何もしないでもお口の中で溶けて美味しい、、、ってなるほどな〜と思います。
イエスは若いので、もっと直接的に言いました。
「求めよさらば与えられん、叩けよさらば開かれん」ですね〜
7:7 求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
7:8 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。(マタイ7章)
幼な子がはじめて笑うとき、その笑いは何ひとつ表現していないのだ。しあわせだから笑っているのではない。むしろぼくは、笑うからしあわせなのだ、と言いたい。幼な子は笑って楽しんでいる。ちょうど食べて楽しむのと同じように。しかし、まず食べる必要がある。(アラン「幸福論」)
しかし、まず食べる必要があるのです。
順番が逆なのです。
しあわせだから笑うのではなく、まず笑う必要があるのです。
p.s. 蛇足ながら、しっかりと動物に戻るためには、いくつか進化論的な視点が必要な気がしています。本来は豚は太ってはいないし、ソクラテスも痩せてはいません。しかしどちらも動物なので、戦略を間違えると肥満体の不幸な存在になります。太っているから不幸なのではなく、身体の機能を壊されているから不幸なのです。体系的にセロトニンが分泌できなくさせられているから不幸であり、脂肪はたまるけど、飢餓状態におかれるので不幸なのです。腹をすかせていては、幸福になるのは難しく、身体を痛めてもそうですし、眠くてもそうです。
*クマの親戚であるパンダは肉食なのに、苦しみながら笹を食べ、数百万年も経つのに、消化器は肉食のままです(腸内細菌叢にも肉食の名残があります。恐るべし)。
(引用開始)
ヒトのもつ消化機能は、およそ1万年前にはじまった農業の発明以前の摂取食物に対して適応している。(略)農業の発明以来、ヒトは穀物をベースとした食物を摂取するようになったが、進化に要する時間の尺度は長く、ヒトの消化管はまだ穀物ベースの食物に適応していない。ましてや、高度に加工された現代の食物に対して、到底適応しきれていないのである。
(『ヒューマン・ニュートリション』5.現代の食事炭水化物が公衆衛生に与える影響 pp.74-75)(引用終了)
*このブログでの初出は「糖断食は断食よりキツイので、糖断食に耐えかねるとすぐに我々は断食に逃げ込んでしまう 2014-03-15 12:49:21」(ただ、ここでの議論のほとんどはいまとは意見が違います。科学は数年でまた進歩します)。
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