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Channel: 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ
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「最初は真似事でもいい」「真似でもそのうち本物になる」(「PLUTO」浦沢直樹×手塚治虫)

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認知科学が完成したと言えるのは、おそらくStrongAIの完成したときでしょう。
強い人工知能はチューリングテストもクリアし、バイセンテニアル・マンのように公民権運動も闘って、ロボットの人権も獲得するでしょう。
しかし、それに対する大きなアンチテーゼがフレーム問題です。
我々がダニエルベネットにならってR2-D2問題と言うところの思考実験です。

フレーム問題というのを我々に即して考えるなら、考えすぎて一歩も動けない状態です。

哲学にはビュリダンのロバなる寓話があります。

自分から等距離にエサが2箇所あると、どちらを食べるのが合理的なのかを迷ってしまい餓死するという話しです。現実的にはありないような話で、両方食べればいいと思います。
しかし我々もロバを笑えません。多かれ少なかれこのようなパニックに陥ります。
良い転職の話が二箇所から来ているとか、二人の素晴らしい男性から求愛され甲乙つけがたいなど。


フレーム問題はダニエル・ベネットのユーモラスな論文にそのポイントがまとめられています。
人工知能R1はバッテリーを交換しないと文字通り死んでしまうのですが、そのバッテリーは洞窟の中にあり、その上に爆弾がある。R1はバッテリーを持ってくるも、爆弾も一緒に持ってきてしまい、爆死。壮絶な死です。

二号機であるR1-D1は爆弾は爆発するリスクがあるので、置いてくるという演算(思考)をするように設定するも、ありとあらゆる可能性を枚挙して計算をはじめて、一歩も動けなくなり時間切れで爆死。

3号機R2-D1は無駄な思考を避けるためのセレクションを事前にするようにプログラミングするも、セレクションするための項目が無限にあるために、また時間切れ。無限の項目をどれほど早く演算しようが、セレクションしようが、時間がいくらあってもたりません。
事程左様に、我々はスター・ウォーズのR2-D2を手にするまでにはまだ長い旅が必要そうです。

私たちの脳も何か特別なカラクリがあるわけではなく、生体コンピュータであり、シナプスによるカーボンベースのコンピュータです。人工知能となんら変わらないシステムです。ですから、コンピュータとして見た時にはAI(人工知能)と同じようなフレーム問題は発火します。
もちろん生命現象というのがなぜか抽象度の階段を昇りうる、もしくは上下できる不思議な情報体であることは前提としての話しです。
ここでのポイントはなぜ抽象度の階段を登れるのかという話しです。
逆にどうやって人は抽象度の階段を登っているのでしょう。

そのヒントになりそうなのが、浦沢直樹さんのPLUTO(プルートウ)という作品です。

手塚治虫の名作鉄腕アトムにある「地上最大のロボット」の物語を浦沢直樹が見事なアニメとしてリメイクしたのがPluto(プルートウ)です。
僕自身は連載時に読んでいた記憶があります。漫画家の浦沢直樹さんの作品はどれも素晴らしいと思います。このブログでもたしかMonsterについて書いて記憶があります。

多くの素晴らしい仕事をなされている漫画家さんですが、僕にとっては意外なことに生活の中での一番は漫画ではなく、家庭だそうです。


(引用開始)
浦沢:うちの家庭は「漫画は二番目」という決まりがあって、漫画が生活の一番じゃなくて、家庭が一番です。仕事中でもインターホンが鳴って「ご飯よ」と呼ばれると、どんなに乗って仕事をしていても筆をおかないといけないんですよ。それは30年間の決まりなんです。「まずご飯を作った人のことを考える」と妻が言うんですよ。なるほど言うとおりだなと。
(引用終了)
http://manga-style.jp/press/series/21445

短期的な成功であれば、息を止めて短距離を走り切るようなことも可能かもしれませんが、長期的な成功をおさめるためには、家庭が一番であるべきかもしれません。人は社会的動物であり、コミュニティの中でしか生きることができません。家庭というコミュニティをマネージメントできないで、社会というコミュニティでは生きていけるはずも無いのかもしれません。
この点は政治学を寺子屋で扱った際にアリストテレスの政治学を参照しながら、考察しました。


で、その浦沢直樹さんのPlutoの舞台化を観に行きました。森山未來さんが鉄腕アトム。シェルカウイの演出でした。シェルカウイは先の「バベル」も素晴らしかったです。ウランとゲジヒトの妻を演じた永作博美さんが素晴らしかったのを記憶しています。森山未來さんはもちろん素晴らしいアトムっぷりでした。

その中で人工知能において計算量が爆発するというフレーム問題が大きな課題になります。

人工知能の中に大量の人格(というアルゴリズム)を入れて走らせると、統合された人格にならず計算が終わらないという話しです。計算量が爆発し、計算が終わらないために起動しないのです。

R2ーD1たちが陥った立ち往生と同じです。思考はチューリングによれば計算であり、演算です。計算が終わらなければ、決断はできません。決断ができなければ、一歩も動くことはできません。

そのときにアトムの開発者である天馬博士は何をしたのか?

ネタバレになるので、是非、本編を読んで欲しいのですが、すでに作品を読了されている方は以下をm(__)m

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アトムの開発者である天才科学者の天馬博士はその計算量の爆発のために動かない人工知能に「偏った感情」を導入します。
いわば「偏り」や「歪み」をアトムの頭の中にいれます。
殺したくなるほどの怒り、人間に対する殺意、それを覚えるだけの哀しみを導入します。すると人工知能はブートするのです。

アトムは怒りによって、人類を滅ぼすことができる反陽子爆弾を作成するための方程式を解き終えます。
怒りを具体的な思考エネルギーに相転移したということです。そして抽象度の階段を登ることに使ったということです。

そして、そのことで怒りを克服します(この点の解釈は多様だと思いますが、僕はそう理解しています)。克服というよりは、コントロールというべきかと思います。怒りを支配しているのです。
どうやってコントロールしたのか、そして直接の契機は他の生命を見たことでしょうし、他の生命に対するサマリア人のような惻隠の情でしょう。

ここでのポイントは偏りすなわち感情、それも強い感情が抽象度の階段を無理矢理上がらせるということです。

固く複雑に結ばれた結び目を断ち切るという神話(ゴルディアスの結び目)がありますが、無限ループなり「計算量の爆発」を断ち切るのは怒りという剣です。


*ゴルディオンの結び目を断ち切るアレクサンダー大王

これは重要な視点かと思います。
偏りや歪みがブレイクスルーの起爆力になるのです。穏当に計算を続けていたら、時間が無限にあっても終わりません。


PLUTOにはもうひとつきわめて重要な話しがあります。
感動的なシーンです。

このシーンは漫画でも好きでしたが、舞台上で見たらもうその光景が焼き付きました。
漫画を見ても、永作博美さんの演技しか思い起こせなくなるほどです。

夫を失った妻があふれる記憶と哀しみをどう処理して良いのか分からないと天馬博士に相談します。夫も妻も人工知能であり、ロボットです。そのとき天馬博士は「そんな時、人間は泣くんだ」と教えます。
泣いたことがないから分からない、と奥さんが答えると、天馬博士は「最初は真似事でいい」と言います。
「真似でもそのうち本物になる」と。

アランは楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ、と言いました。


我々は感情も思考も周囲から模倣して、模倣を繰り返すうちにそれが自分の内発的なものに変わります。
アトムが人の感情を理解できるのは、人の感情と行動を真似していたからだといいます。

逆にネグレクトされた子供の情動が乏しいのは、真似をするべき人間がいなかったからです。

認知科学の書籍などをパラパラと見ていると、「人間は『レストランで食事をせよ』という命令をいとも簡単に実行するが、人工知能にそれを教えるのは難しい」という表現が出てきます。
しかし子供を育てたことのある多くの親たちは、子供にトイレの躾を教えるのすら猛烈な時間と情熱を注いだことを思い出すでしょう。幼児という人工知能は驚くべきスピードで学習しますが、レストランに行けるまでには多くの時間を注ぐ必要があります。

後天的に学び、訓練で身に付けるのです。おそらくAIも同様です。
機械翻訳が機械だけで完結させたシステムをやめて、人間をそのシステムに取り込んでいることはご承知のとおりです。機械翻訳という系には人間の営みも含まれており、そのビッグデータが統計的に処理されているということです。これは機械翻訳の敗北ではなく、機械翻訳の進化なのかもしれません。機械翻訳という人工知能の進化です。

では、AIと我々生命の違いはどこにあるのか?

もちろん教科書的には、抽象度の上下をやすやすとできるのが生命であり、AIはそれができません。
しかし、もしかしたら、この問題設定そのものが間違っており、情報vs物理(ブランディング問題)と同じように境目が無いところに境目を探している虚しい試みなのかもしれません。


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