昨日の浮雲セミナー第2弾は非常に面白いものだったので、解説部分だけをビデオ販売(ヴァーチャル受講)します。序盤の解説部分だけなので、30分にも満たないかもしれませんが、非常に濃密に「浮雲」を補助線として、いまやろうとしていることの過去と未来を語っています。
募集は3日間だけにします。
あ、分かりやすく11月いっぱいとします。
興味ある人は是非!
申し込みフォームはこちら!
(冒頭のまといのば講座「浮雲セミナー第2弾」というやつです。いつもながら、「まといのば」講座ですので、メンター生、スクール修了生限定です)
配信は来月です!
ちなみにワーク部分は受講生のプライバシーにも配慮して外してあります。
それに動画を見ても意味が無いということもあります。
これは講座中も伝えたのですが、雛/Hinaという耳を中心としたオイル気功はこれまでのオイル気功とは全く違います。ルーティーンをしっかり暗記して再現してというタイプの学びが終わり、自分が大量に施術を受け、気付いたら自分もできるようになっているというタイプの施術です。
視覚ではなく触覚で覚えるのです。
CGなりチョムスキーのUGが視覚(文字)ではなく聴覚(発話を聞き取ること)で覚えるのと似ています。覚えるというより身体に刻み込むのです。
想像するんじゃない、刻みつける、想像は消えるだろう?消えちゃだめなんだ、悪夢に対抗できるもんじゃなきゃいけない、悪夢から目覚めて、目の前の花を見て恐怖から逃れるように、現実を正確につくらなきゃならないんだ(村上龍「ヒュウガ・ウィルス』)
*(ネタバレになりますが)そして彼は悪夢は見ることができても、目の前の花は永遠に見ることができなくなるのです。視覚を奪われるから。だから刻みつけるのです。悪夢に対抗できるように。
c.f.想像するんじゃない、刻みつける、想像は消えるだろう?消えちゃだめなんだ(ヒュウガ・ウィルス) 2019年04月17日
というわけで、是非お楽しみに!!!
かなり面白いとは思います!
そして短いです(^o^)
短く凝縮しています!
面白いです!
そして、草太は環だという話しではなく、お互いにお互いの顔を与えられたというFace offな話し。
いつのまにか、それら二つは互いに相手の姿を与えられた。きみが
持つ目には。
水の姿を持つものは燃え、炎の姿を持つものの
内部は大いなる救いである。
ルーミー「疑問」
ラストは笑い話からどうでしょう?
椅子と一緒にフェリーに乗りながら、こんな会話を楽しむのも良いかも。
英仏海峡定期船のボーイ "お客様は、ここでお吐きになることはできません”
具合が悪い乗客 ”できるさ、見てろよ” ーーーPunch
(p.17 Toulmin, 『議論の技法 トゥールミンモデルの原点』トゥールミン著、戸田山和久・福澤一吉訳)
ちなみに翻訳者の戸田山和久先生は僕らが教科書にしているこちらの本の著者。
クリプキやゲーデルの解説のときに活用させていただきました。素晴らしい著作です!
こんな議論(Argument)を第一章の冒頭に持ってくるところにトゥールミンに人の良さを感じます。面白すぎる。
このディベートはどちらの勝ちなのでしょうw
もちろん御託を並べる者ではなく、行動するものがいつも勝ちます。
トゥールミンモデルについて、トゥールミンはこうも言っています。
”トゥールミンモデル”を自分のものではないとして捨ててしまうのは、不躾になるだろう。それは、『議論の技法』の予知できなかった副産物である。(xii Toulmin)
副産物です。
僕らは副産物の粋の粋から彼が見ようとした(いや、見せようとした)認識論へ飛びたいと思っています。
(引用開始)
いかなる意味においても、私はレトリックや議論の理論を拡張するつもりはなかった。私の関心事は20世紀の認識論であり、非形式論理ではない。ましてや、コミュニケーション学の学者の間で呼ばれるようになった"トゥールミンモデル”のような分析的モデルを想定していた訳でもない。事実、読者の多くは私を既に歴史上の人物と考えており、それによって私は若くして他界させられてしまっている。(引用終了)
今日はこちらの空海の言葉から、切り込もうと思ったのですが、告知に押されてまた終わってしまいました。
心暗きときは即ち遇う所悉く禍なり。
眼明らかなれば即ち途に触れて皆宝なり
ルビ版!
心(こころ)暗(くら)きときは即(すなわ)ち遇(あ)う所(ところ)悉(ことごと)く禍(か)なり。
眼(まなこ)明(あき)らかなれば即(すなわ)ち途(みち)に触れて皆宝(たから)なり
(空海『遍照発揮性霊集 巻第八』)