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Channel: 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ
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頭上はるか彼方からぶら下がっている肉片としての自分〜天地は仁ならず、万物を以て芻狗となす

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先日のオイルトリートメントのセッションのあとに、クライアントさんから、

 

「はじめて脱力が分かりました」

 

という嬉しいフィードバックをいただきました。

 

 

「脱力ってこんな感じなのですね」と。

 

「本当に吊られている感じなのですね」と。

 

 

「吊る」という漢字が人間の姿に視えないこともありません。口が頭で、手があって、足が揃っている感じです。

 

人間が立つというのは吊られているということなのです(いや、違うけど)。

 

 

吊られている意識で立つことが大事です。でも、「吊られている」と思っても仕方ないので、その前に深く脱力する必要があります。

 

その深く脱力を自分だけでは感じることはほぼ不可能なので、オイルトリートメントや気功整体があります。

 

しっかりと身体をゆるめると、身体が良い意味で重く感じます。身体もひとつの物理であり、物体なのだということが分かります。

ここまでしっかりゆるめると、立ち上がるときに、これまでのように筋肉を使えずに、何かに吊られている感覚が必要となります。

 

そのとき老子が耳元でささやきます。

 

天地は仁ならず、万物を以て芻狗(すうく)となす。

聖人は仁ならず。百姓を以て芻狗(すうく)となす。

 

 

そう言えば、寺子屋「漢文」では老子を暗唱させられていましたね。暗唱こそが教養の基礎です。暗唱するまで刻み込んでしまった者が勝ちです。

 

この句の意味はシンプルです。

 

天地には仁愛はない、聖人にも仁愛はない。

万物も人民もそれぞれお祭りのときの「わらの犬」のように扱うということです。

 

身も蓋もない発言ですが、天地や万物の非道を嘆くのではなく、我々もまた自分の身体を芻狗として扱いましょう。

機能を果たせるときは果たし、宴のあとは捨てられる存在として。

 

上手に脱力できると、自分がパペットのような、操り人形のような感覚になります。

なぜ立てているか分からないほどです。

 

というか、むしろ糸に引っ張られてようやく立っているような、いやぶら下がっているような感覚すら覚えます。

 

 

ここでこっそりと教えますが、このときに役立つのが本来はセンターやクンダリーニです。もしくは大周天も有効です。

でも、強烈なのは「空海」と仮に呼んでいる気功技術です。これは空海本人とは一切関係なく、名付けられた気功技術です。そして丹田やチャクラ、クンダリーニ、大周天を包摂します。

 

鼻筋を延長していった後頭部の斜め上の位置に意識を置いて、そこにすべてを集中させるイメージを持ちます。

逆にそこから自分が吊るされていると考えるのです。

 

本来、吊るされているというイメージはもちろん真上からで良いのですが、慣れてきたら後ろ斜め上の空間に吸い込まれるイメージを持つとより良いと思います。空海ですね。

 

クライアントさんのひとりは、オイルトリートメント後の体感を「傀儡(くぐつ)のよう」と表現しましたが、まさにその体感が重要です。

頭でどれだけ脱力が大事と分かっていても、一回のリアルな脱力体験には及ぼないのです。その体験を毎回深めていけるのであれば、どれだけ成長するでしょうか。

 

そのようなポテンシャルがオイルトリートメントにはあります。

 

また一回一回のセッションでもたしかに圧倒的な結果は出るのですが、毎月続けることで、薄皮を剥ぐようにどんどんと結果が出てきます。コツコツと地道に変化していくのが最強です。もちろん一つ一つの「コツコツ」は圧倒的な飛躍なのですが、それを地道に地味に積み重ねていくことです。

焦らずに積み上げていけば、それが新しいホメオスタシスになっていきます。変化率を調整することは、ホメオスタシスを騙すテクニックでもあります。

 

今の自分のささやかな変化にも喜びつつ、1年後、2年後、3年後の自分にも大いに期待しましょう!全く違う光景が広がっているはずです。

 


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