ゴールの臨場感を高めることは、雨粒や雪と似ています。
核となるものの周囲に氷がくっつくイメージです。
核(コア)がないところに、雨粒も雪もできません。
Visualizationもゴールの臨場感を高めることも全て、そもそも核があり、それをよりふくらませていく作業です。
1を大きくしていくのであって、0から1ではありません。
すでに小さくてもコアがあるところに、その肉付けをしていく作業です。
その肉付けはランダムネスによって、大きく補完されることが多い印象です。
逆にコアがしっかりあると、目に映るすべての事象が予兆となるのです。
というか、ここ注意してください(^o^)
コア(というか、いわゆるゴールですね)が無い場合は、予兆は生じないのです。
予兆だと思っているのは、単なる仕掛けでしかなく、予兆っぽい仕掛けに振り回されているだけという可能性もあります。
次々と目移りしているだけです。振り回されているだけです。
一方で、どんどん目移りしているだけなようで、そうではなくガンガン、ゴールに進んでいる人もいます(この区別は微妙です、かなり微妙ですが、、、でも、時間が経てば、結果ははっきりします)。
コアというか、ゴールの種のようなものは、向こうから突進してきて、激突してきます。
こちらが「選ぶ」というような貴族的な優雅なものではないのです。
気づいたら、激突してきて、そして強引にあなたの手を引っ張って、翻弄し、人生を書き換えていきます。
ラテン系の激しい女性(男性でも)みたいなものです。
気づいたら恋に落ち、にっちもさっちもいかない状態になっています。
どうせコントロールできないのですから、楽しみましょう。
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆 (あほ) なら踊らにゃ損々」ですね。
というか、我々は傍観するという贅沢は許されていないので、赤い靴を履いたまま狂ったように踊り続けることを楽しみましょう。
僕らは親を選べず、生まれ落ちる環境を選べず、生まれてくる時代も選べませんが、、、、
ゴールも選べないかもって思うのも良いかもしれません(各方面からぶっ飛ばされそうですがw)。
稀代のバレエダンサーである熊川哲也さんは、「僕がバレエを選んだのではない、バレエが僕を選んだ」と言いました。
まさに、システムというか情報があなたをピックアップするのです。
そして、それは断れないオファーであり、そして望むと望まないに関わらず、巻き込まれるものです。
そのゴールの種は意外なところに落ちていて、僕らは魅了します(もしくは僕らはそれを嫌悪します。なぜなら地獄への片道切符の予感に満ちているからです)。
ファム・ファタールに魅入られたようなものです。
あとは諦めて、目を閉じて、飛び込むだけです(笑)
Visonが先で、そこにVisualizationで肉付けのをしていくイメージです。
何か直感に似たものがあり、Crazyな絵があり、それをランダムネスで具現化していくようなイメージです。
ですから、Visonがある人には、様々な情報が惹きつけられ、そして運も天も味方します。そういうものなのです。
そういう人は早く未来へ移動したいと考えます。未来というのは、時間が経った先のことではなく、新しい世界ということです。
(あ、ちなみに藤井聡太二冠は「日本でも世界でもどこでも良いので、行きたいところはどこですか?」という質問に対して、「未来」と応えています。場所では無いですが、苦笑しつつ、テクノロジーの進化した未来を見てみたいと言っています。
彼らしい回答です。
藤井聡太さんと言えば、、、神様に一つだけ願いことをするとしたら?というメルヘンな質問に対して、(あ、この神様は将棋の神様です、ちなみに)、大方の予想を裏切ってこう応えました。
「せっかく、神様がいるのなら、一局、お手合わせをお願いしたい」」と
すごすぎです。
見ている世界が違うのです。
そもそも叶えて欲しい何かを思い描いているようでは、神様のコントロール下に入っています(笑)
将棋盤を挟んで、対局すれば「将棋の神様」をより深く理解できるということなのでしょう)。
c.f.その動画はこちら!
話をもとに戻しつつ、繰り返しますと、、
ゴールのイメージや、ゴールの臨場感を高めるというのは、雨粒や雪と似ていて、核となるものの周囲に氷がくっつけていく作業です。
逆に核(コア)がないところに雪はできません。コアがなければビジュアライゼーションは無意味です。ただの妄想です。悪い意味で。
Visualizationもゴールの臨場感を高めることも全て、そもそも核があり、それをよりふくらませていく作業です。
1を大きくしていくのであって、0から1ではありません。
その1が見つからない場合は、まずそこから探す必要があります!!
というか、目の前にあるのに、気付かないだけかも!!