ゴールを設定するときはあまり真面目にならないことです。むしろバカになるというか、アホになるというか、IQを下げるイメージのほうがうまくいきます。
なんというか無責任に気楽にふざけて探す感じです。
何か面白いゴールらしきものが見つかったら、そこから気楽に無責任に広げていきます。
気のおけない仲間たちと冗談を言うようなメンタリティーで広げていきます。
ゴール設定が真面目すぎると、どうしても現状に縛られますし、常識に縛られます。
そして実現可能性を脳が計算しだすと萎縮してしまいます。
子どもが無邪気に好き勝手を言うように、自分の心と口に無邪気に好き勝手に話させましょう。
そしてそれをできるだけ書き留めるようにしましょう。
「いやーこれはふざけすぎだよねー」と思うくらいが良いです。
「アリエナイー」と叫ぶくらいでちょうど良いのです。
もっともっといろいろとファンタジーを広げ、妄想を広げましょう。
何かやりたいことがあったら、それがすでに達成されたとしたら、次はどんな夢を見るだろうかと考えましょう。
ある人が「お金があるということは、可能性を広げられるということだ」と言いました。実際に可能性も広がりますし、未来を買うこともできます。健康もかなりの部分をお金で買えますし、知識も同様です(良い教育を受けられます)。
でもお金以上に可能性を広げてくれるのは、こうなったら良いなという良い意味での妄想を広げることです。
僕は冗談で「妄想の暴走」と言いますが、まさに妄想を暴走させましょう。
もっともっとはっちゃけて良いのです。もっともっと爆発させて良いのです。
我々は非常に深い制約の中で生きています。
物理的現実に縛られていますし、養わなければいけない家族や、いまの仕事もあるでしょう。
のんきに夢を見ている暇はないと思うかもしれません。
しかし、だからこそ妄想を暴走させましょう。
それは社会的な悪なことでも構わないし、道徳的に悪とされていることでも、倫理的にまずいことでも構わないのです(妄想は)。
どんなことでも良いので風穴が開けば、そこを蟻の一穴として、次々と新しい世界が見えてきます。
暇はないと思う瞬間にこそ、ゴール設定に時間を注ぎましょう。
(まあ、そんなときに心の中のルー・タイスが出てきて、「君は何にせよやらねばならないことなどない」と言わせるのは手ですね。「働かなくてもいいし、養わなくてもいい、遅刻しても、出勤しなくてもいいんだよ」と。「約束も破ってもいいし、赤ん坊の世話もしなくてもいい」と。
「でも、その責任は自分で負うんだよ」と。
「やりたくない」と思ったら、「やる必要など無い」と心に言い返しましょう。
やる必要など微塵もないけども、「やりたい」かどうかを自分に聞くだけです。
ルー・タイスの言うとおり、すべての「Have to」は張子の虎です。
Want toしかないのです。単にHave toだと思う心の働きがあり、それがまさに無明なのです。
心の中のルー・タイスに囁かせましょう。
「本当は走る必要なんてないんだよ」と。
本当は働く必要もないし、もちろん、本当はゴール設定をする必要もありません。
でもしたいから、するのです!!
したいから、するのであれば、楽しくやりましょう。
効果があるように、より生産的に、より楽しめるように。
ゴール設定においては、真剣に考えすぎず、ラップを口ずさむように、子どもたちがごっこ遊びをふざけながらも真剣にやるように、いつもと違う意識状態でやりましょう!!!