空海と最澄の若いころを描いた漫画「阿吽」の第2巻にこんなくだりがあります。
若き最澄が、悩み深き時の帝(おおきみ)に対してこう言います。
「自分を律するには自らを知らなくてはなりません。
そのために言葉はあるのです。
自らの中にある黒い炎に名前をつけるため、自らの煩悩の正体を知るため、不安定な自分の中心と揺れる輪郭を沈めます。」
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自分を律するためには、自分を知らねばならぬ。
自分を知るためには、自分を対象化しなければいけない。
そのために言葉はあり、その言葉で「自らの中にある黒い炎に名前をつける」と最澄のここでの言葉を文字通りに解釈するならば、この最澄の言葉は聖書外典であるトマス福音書におけるイエスの不思議な物言いを思わせます。
(引用開始)
イエスが言った、「あなたがたがあなたがたの中にあるものを引き出すならば、それが、あなたがたを救うであろう。あなたがたの中にあるものを引き出さなければ、それは、あなたがたを破滅させるであろう」 (引用終了)
ーーーートマス福音書45:29-33
これも意味がわかるようで分からないなぞなぞのようですが、文字通り解釈すると、自分の中にあるものを引き出すならば、それは自分を救い、自分の中にあるものを引き出さなければ、それは自分を破滅させるとあります。そのままでは自分を破滅させるような悪いものを外に出せば、それは自分を救う良いものであるということです。
その不可思議なものとは最澄に言わせれば、「黒い炎」ということになるかと思います。
魔術の真髄とは何かという質問に対して、非常にシンプルに答えれば「情報の人格化」と言えます。
概念の実体化でもあり、実体とは人格を持つということです。
その概念や情報はどこから来るかと言えば、心の中から来ます。
ただここで言う「心」とは認知科学的な意味での「心」です。すなわち、遠く宇宙の果てもそれは心の中だということです(内部表現は外部世界を包摂します)。
それを踏まえて、かつて内部世界と外部世界が切り離されていたいときの文脈で薔薇十字教会の伝統を引き継ぐ秘密結社「黄金の夜明け団」の内幕を暴露したイスラエル・リガルディの言明を読んでみましょう!
(引用開始)
まず最初の段階として、魔術ではそれらに人格を与え、実体の形態をもつものとして調査し、明確な名称と性質を与える。自分自身の心の内容物に人間的性格や名称を与えるのは精神の性質である。これを行うに際して、現代心理学の権威といえば斯界の第一人者であるC・G・ユング博士の賛同をも魔術的体系は受けると言ってよいだろう。彼は『黄金の華の秘密』の注解でこれらのコンプレックスを「自律性を持つ心の断片的体系」と名付けている。この「断片的体系」について彼はこう述べている。
「心的人格の構成要素そのものであり、したがって〔徳性とか性質といった〕人格的特性を持たなければならないわけである。そのような断片的体系は、特に精神的や心因性の人核分裂(二重人格)、あるいはありふれた霊媒現象などによく認められる。」(『黄金の華の秘密』C・G・ユング R・ヴィルヘルム著 人文書院 湯浅泰雄・定方昭夫訳)
前にも述べたように、これらコンプレックス即ち特定の概念の集合体に人格を与えるのは人間精神の自然な傾向なのである。もう一つの証拠として、夢における現象を引き合いに出してもよい。夢においては、非常にしばしば精神的障害やコンプレックスが象徴的にある人間や動物の形態を与えられるのである。
次の段階においては、古代の科学である「魔術」はこう主張する。このコンプレックスを除くためには、その存在をある程度認知できるよう、患者もしくは学徒の意識に対してコンプレックスを客観的なものにすることが必要である。これら潜在意識の感情のもつれ、即ち悪霊が未知でコントロールされていない時は、患者がそれを最高の利益を得るようにコントロールし、完全に調べつくし、ある物を取り、あるものを捨て去ることは不可能である。説によれば、まず第一に、それらをコントロールする前に実体のあるような客観的形態を与えなければならない。そられに実体がなく、無定形で、自我によって認知されていないかぎりは、それらを正しく取りあつかうことはできない。だが、正統的な召喚の儀式により暗い下界の霊、即ち無意識の深い層に潜む概念であるコンプレックスが暗闇より魔術的三角形の中に物質化現象となって目に見えるものとして喚びだすことができる。(イスラエル・リガルディ「柘榴の園」 pp.226-227)
*「黄金の夜明け団」の地のペンタクルです。四色はおなじみ10番目のセフィラのマルクトの色です。
ここでポイントとなるのは、魔術においては心の断片に「人格を与え、実体の形態をもつものとして調査し、明確な名称と性質を与える」ということです。
これを少し気楽に、かつ具体的に考えるならば、いま公開中のInside outを思わせます。情動という心の断片に人格を与え、実体の形態を与え、明確な名称と性質を与えています。すなわちこのInside Outというのは見ようによっては、魔術の物語とも言えるのです。
我々はもちろんこれをフィクションと理解しつつも、強いリアリティを感じます。
なぜか?
リガルディは「自分自身の心の内容物に人間的性格や名称を与えるのは精神の性質である。」と言います。
すなわち、自分の心の内容物に名前をつけ、人格を与えるのはナチュラルなことなのです。
では、なぜそれが魔術の秘技とされるかと言えば、そのナチュラルな無意識でやっていることを、意識的にやるからです。魔術師と普通の人の違いはその「意識」の違いだけということです。
そして最澄は(漫画の最澄ですが)それを言葉の機能であると喝破し、そのうえで内なる「黒い炎」に名前をつけるために言葉があり、その結果として自分を律することができると考えます。
そして同時に「始めに言葉ありき」のキリスト教(の外伝)では、言葉は「あなたがたがあなたがたの中にあるものを引き出す」ためにあると考えます。
引き出されたものが悪霊であれ、黒い炎であれ、悪魔であれ、引き出され対象化されると「それが、あなたがたを救う」とされ、逆にそのまま未分化に放置されると「破滅」します。
懺悔や告解のカラクリはまさに心の有象無象に対する形象化であり、名指しであることがよく分かります。その問題を解決することではなく、その問題を名指すだけで十分ということです。名指されれば、それは心の奥底から分離され、対象化されます。対象化されたものが、自分を悩ますことはもはやなくなり、むしろその悩みが他者の悩みを共感するためのツールになることもありえます。
しかしその悩みを実体化せず、指し示さず、名指さなければ、いつまでも心を腐らせます。
このシンプルなカラクリを意識的に明示的に行なったのが魔術であると考えると、経典や古典や聖書の不思議な物言いが非常に明快になってくるのではないかと思います。
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Kindleは漫画を読むには最高だと思います。読み終わったときのかさばりがないですし、出先で読み進めるにも、次の巻を持っていないという悲劇も避けられますw
漫画は全巻を一気買いするものです(この阿吽はまだ2巻しかありませんが)、そのときにアマゾンでは「まとめ買い」が可能です。以前は一冊ずつ買っていたことを思うと、とてもありがたいです。
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イスラエル・リガルディの非常に単純明快でわかりやすいカバラ本です。
セミナーでも言及しましたが、若書きの分かり易さがあります。
知れば知るほど、わからなくなるものです。そしてだからこそ、正確に書こうとしてきわめて難解になります。
とは言え、いまは在庫切れのようですので、原書で読むのも方法です。
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Kindle版もあります。
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「自らの中にある黒い炎に名前をつけるため、自らの煩悩の正体を知るため(最澄)」
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