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Channel: 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ
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【寺子屋:熱力学】マクスウェルの魔は人類にとっては福音を述べ伝える天使だった?!

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毎日更新するのが辛くなってきたところですが、刀折れ矢尽きるまで頑張る所存でございます。

今回は熱力学です。

寺子屋第6回ですね。

熱力学...。

熱力学の最大のポイントはマクスウェルの魔でしょう。

マクスウェルと言えば、悪魔もそうですが、マクスウェルの電磁方程式で有名です。

マクスウェルは電磁気学を大成し、4つの式にまとめました(厳密には少し違いますが、大きくは違いません)。マクスウェルの方程式は電磁気学をまとめあげたばかりか、実際にはアインシュタインの特殊相対論を導いたきわめて重要な式です。
マイケルソン・モーリーの実験(光速度一定)が取りざたされますが、実際はマクスウェル方程式のほうがより強く特殊相対論に結びついてます。

そもそもマイケルソン・モーリーの実験はそもそもは光を媒介するエーテルの検出のための実験でした。すなわち、光速度がたとえば自転方向との兼ね合いで変わることを前提とした実験でしたが、実際に示されたのが光速度がどの宇宙空間の方向でも同じという驚きの実験結果でした。そこで真空中の光速度一定を宇宙の原理と要請したら、どのような公理系が生まれるかという思考実験が産んだのが、特殊相対論というのはよくあるお話です。
もちろんそのような物語も悪くないのですが、実際に大きな役割を果たしたのは、マクスウェルの方程式です。

そのマクスウェルにはもうひとつ「マクスウェルの魔」と呼ばれる物理学における逸話があります。これはフェルマーの最終定理におけるフライ曲線や、ポアンカレ予想におけるリッチフローで生じる厄介な葉巻型特異点と似ています。
最終的には存在し無いことが証明されるのですが、無いことを証明できたころには、人類は知の階段を数段上がっているのです。

余談ながら僕自身は問題を解くこと以上に、重要なのは、この問題を見出す能力だと思います。『予想』というのは、人を奮い立たせます。

フェルマーの最終定理はフェルマーの早とちりでしょうが、リーマンの予想にせよ、ポアンカレの予想にせよ、ヒルベルトのアジテーションにせよ、未来を見通す知性が問題を見出してくれたおかげで人類は先へ進めます。

100年の難問であったり、300年の難問が解ける瞬間は素晴らしいものですが、その問題を生み出した瞬間はそれ以上に評価されるべきでしょう(僕ら洞窟のサルはついつい抽象度の低いほうをありがたがります。高いものはまぶしくて見えないからです)。

マクスウェルの魔は物理学の枠を超えて、情報理論を巻き込んで、はじめてその生涯を終えました。悪魔ではなくむしろ人間にとっては天使です。



そもそも生みの親であるマクスウェル自身はこの小悪魔をデーモンなどと呼ばず「知性」と呼んでいます。マクスウェル自身の手紙を引用します。後述のユーザーイリュージョンからの引用です。

(引用開始) さて、ここで、ある有限の生き物を想像してほしい。彼はさっと見ただけで、すべての分子の進む方向と速度がわかるが、この重さを持たぬ引き戸を使って仕切り壁に空いた穴を開けたり閉じたりすること以外、何もできない。

ただ、観察力がたいへん鋭く、手先の器用な生き物の知性が用いられただけだ。

つまり、もし熱が物質の有限部分の運動ならば、そして、もしそのような物質の部分の一つ一つを別個に扱えるような道具を使えれば、異なる部分の異なる運動を利用して、温度にむらのない一つの系から、異なる温度の複数の系、つまり、内部の運動状態が異なる複数の系を復元できる。ただ、我々にはそれは不可能だ。我々はそこまで利口でないから。

ところで、二つの気体が同じというのは、いかなる既知の反応によっても両者を区別できないということだ。したがって、これまでは同種と見なされてきた二つの気体がじつは別の種類であり、今後その違いが発見される可能性、そして、可逆性の過程によって両者を分離する手法が発見される可能性は、低いとは言え、皆無ではない

これを踏まえると、エネルギーの散逸という概念は、我々の知識の程度しだいということになる。取り出せるエネルギーとは、望ましい経路ならどんなものにでも導くことのできるエネルギーだ。散逸したエネルギーとは、手に入れることも、意のままに導くこともできないエネルギーで、たとえば、我々が熱と呼ぶ、分子の混沌とした運動状態がそれにあたる。ところで、この混沌とは、相関名辞と同様、物質自体の属性ではなく、それを認識する心との相関によって規定される。

散逸したエネルギーという概念も、自然界のエネルギーをまったく利用できない者や、どんな分子でもその動きを追いかけて、適時に捉えることのできる者の頭には浮かばないはずだ。両者の中間にいて、うまく利用できるエネルギーも、指の間を擦り抜けていってしまうエネルギーもあるような者にとってだけ、エネルギーは取り出せる状態から散逸した状態へと必然的に移ろうように見える。
(引用終了)(ユーザーイリュージョン)


結論から言えば、マクスウェルの言うように「エネルギーの散逸という概念は、我々の知識の程度しだいということになる」のです。エントロピーとは客観的な概念ではなく、我々の知識の程度に依存する量なのです。

ざっくりと言えば、乱雑と見るか、秩序を見るかに絶対的な基準などなく、それは観測者の知識に依存します。

シラードという科学者としてよりは、アインシュタインをそそのかして時の大統領であるルーズベルトに原発開発を急ぐように手紙を書かせた人間として有名な人がいます。


*アインシュタイン=シラードのルーズベルトに当てた手紙です。原爆開発を急ぐように、と。


彼はマクスウェルの魔を死の直前まで追い込みました(トドメは別な人が刺したのですが)。

いわゆる「シラードのエンジン」です。

マクスウェルの魔というのは、エントロピーを逆転させるような知性のことです。

閉鎖系におけるエントロピーは不可逆的というのが一応ルールです。散らかった部屋はほっておけばどんどん散らかっていきます。覆水は二度と盆に返らず、砕けたハンプティ・ダンプティは王様でももとに戻せません。

ところが破片を集めて、こぼれた水をコップに戻すような「知性」があったらどうする?というのが
マクスウェルの問いかけでした。

物体は暖められると、どんどん熱は広がっていき、時間が経てば経つほど均一になるまで広がります(熱の移動と似て、リッチフローにおいては熱ではなく曲率が均一になろうとました)。

しかし、マクスウェルが想定して「知性(のちの悪魔)」がいれば、かれは注意深く温かい空気を左へ、冷たい空気を右へ移動させ、熱を偏在させることでエントロピーを小さくすることができるのです。我々が部屋を片付けることができる知性であるように、マクスウェルの魔はエントロピーを小さくできる魔物のなのです。

これは重大なパラドックスです。

アインシュタインに原爆開発の手紙を書かせた悪魔のようなシラードは、マクスウェルの魔をほぼ壊滅させるところまで追い込みました。彼の方法はシンプルです。

話を簡単にするためにモデルを限界まで小さくしようということです。

アインシュタインはこう言います。(Wikiquote)

Everything should be made as simple as possible, but not simpler.

「すべては、できるだけシンプルに」と、ただ「シンプルすぎないように」と付け加えるのも忘れないところがアインシュタインらしさです。たらいの水を捨てるために、赤ん坊を流してしまっては身も蓋もありません(Throw out the baby with the bath water)。

シラードのアイデアは1人の悪魔、1つの部屋、1つの仕切り、そして気体分子1つというギリギリまできりつめてシンプルにしたモデルです。



ここでシラードは偉大な発見をしました。観測とエントロピーをつないで見せたのです。

(引用開始)
物理学者レオ・シラードは、1929年にマクスウェルのモデルを単純化して 1 分子のみを閉じ込めたシラードのエンジン(後述)と呼ばれるモデルを用い、 悪魔が同じ大きさの 2 つの部屋のどちらに分子があるかを観測するということにより、熱力学の単位で ΔS = k ln 2 だけのエントロピーが減少することを示した[1]。 ただし、k はボルツマン定数である。 この ΔS は現在 1 ビットと呼ばれている情報量に他ならない。 シラードの洞察は、元々気体運動に対して構築された概念であるエントロピーと、情報を得るということ、もしくは知識をもつということの間に深いつながりがあることを示し、また、ボルツマン定数とは実は情報量の単位と物理学の単位を変換する比例定数であることを明らかにした。 シラードは、全体の系のエントロピーは減少しないはずなので、悪魔が観測によって情報を得ることによってそれ以上のエントロピーの上昇を伴うだろうと結論した。
(引用終了)Wikipediaより

シンプルに言えば、観測によって情報を得ることでエントロピーが上昇すると考えました。いわゆるビットを得ることで物理的な熱量を失うということです。
ここにおいて、情報量とエントロピーがつながりました。

しかし、シラードは半分正しく、半分間違っていました。

結論から言えば、我々は情報を得るのにコストはいらず、情報を消去するとき、メモリをクリアするときにエネルギーの散逸が必要になるのです。メモリのクリアは不可逆的な反応です(可逆的にするためにはメモリを増やす必要があります。いくら増やしても良いのですが、限界があります)。
メモリするときではなく、メモリを消去するときにエネルギーが必要であり、観測には厳密にはエネルギーが不要なのです。コピーにはコストがかからず、消去にコストがかかります。消去する必要がないとき(メモリに余裕があるとき)は良いのですが、メモリがいっぱいになったら、メモリを消すとときにエネルギーがはじめて必要になり、そこでエントロピーは拡大するということです。

ですから、観測とはマクスウェルの魔です。観測をエネルギーに変えるという実験はスタートしています。エネルギーと質量は等価であると示したのはアインシュタインですが、エネルギーと観測なり知性も等価なのです。

メモリが続く限りは、エントロピーを小さくすることができます。しかし、いつか帳尻を合わせる必要があります。時間的にも空間的にも局所的であれば、マクスウェルの魔は出現できます。すなわち悪魔とは我々のことだったのです。



p.s.
余談ながら、僕自身は熱力学というのはオワコンであり、統計力学に吸収合併されてその生涯を終えたと思っていました。化学や生物学が物理学に吸収合併して社名だけが残っているようにです。数学もゲーデルがはじめ、チャイティンがトドメを刺したことで、社名だけ残って物理学に吸収されています。数理科学とは科学です。科学の女王だった数学の栄光は過去のものです。もちろん懐古趣味的に数学を崇める風習はあと200年くらいは継続するのかもしれませんが(^^)

熱力学はオワコンではないというのが最大の収穫でした。まだまだ熱力学は現役でした。統計力学に敵対的買収をされそうになったもののホワイトナイトが登場したのです。そしてまだ現役続行していました。面白いものです。


【参考書籍】
というわけで、参考書籍としてはお馴染みのこちらが良いと思います。
マクスウェルの手紙はこちらからの孫引きです。
ユーザーイリュージョン―意識という幻想/紀伊國屋書店

¥4,536
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そしてこちらもかなり良いと思います。この2冊は汎用性が高いので、読んでおいて損はないです!
宇宙をプログラムする宇宙―いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?/早川書房

¥2,376
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