*昨日の気功整体Trainee講習会はかなり高いレベルで満足のいくものでした。ともかく基礎が大事です。ランドマークを正確に緻密に触診して、書き換えをそこでしていってください!
*お待たせしました!!
アーユルヴェーダに対する冒涜なのか、秘技の技術化なのかw
ドーシャコントール講座の編集版を配信開始します!
これまではZoom版でしたので、かなり画質も音質も悪くて、ご迷惑をおかけしました。
この版からダウンロードも可能です!!
*明日から開催のメンター養成スクールですが、ヴァーチャル受講はZoom版を翌日配信します!
LIVE受講、ヴァーチャル受講もお待ちしております!もちろんリアル受講も!!
かなり面白いことになりそうです!!
「コーチングって何をしているんですか?」
「コーチングってどうやるんですか?」
という無邪気な質問をされることが最近増えてきました。
僕自身はコーチではないので、その質問への回答者にはふさわしいとは思いません。
ただ、コーチングという名称でなければ、パーソナルセッションという形でゴール設定のお手伝いはここ10年ほどやってきています。
またルー・タイスとも個人的にお会いする機会があったこと、また脱洗脳の現場の近くに、立ち会わせてもらったことによって、いろいろと見えることがありました。
*ヒッチコック
画像はイメージです。本文と写真は一切関係ありませんw
そこから見えた風景を今後はガンガン、シェアしたいと思っています。
また「まといのば」の受講生の中にはいわゆるコーチを本職にしている人たちも多かったので、彼らのリアリティーは肌身に感じています。
実際にどういう風に巷のコーチングがされているのかは、密室の中なのでうかがい知ることができないのですが、、、、一つの垣間見えるパターンというのは、「セルフコーチングを教える」というものです。セルフコーチングをするために必要な知識を教えることが、コーチングとなっているケースは少なくありません。
もちろんこれは大事なことですし、コーチングにあたって必要な知識を整理して提供したり、知識の偏りであったり、誤解を修正するのも大切なことです。
しかしそれは入り口であって、メインではありません。
そして、その教え方がどれほど上手であっても、それはファシリテーターであって、コーチとは言えないでしょう。
コーチングというのは、ヒーリングと本質的に同じものです。
どちらも内部表現の書き換えです。
内部表現というのはInternal Representationの邦訳であり、外部世界の対概念としての「内部」表現(哲学で言えば表象)です。ただし、外部世界と内部表現は同じものというのが、現代哲学の結論なので、内部表現の中に外部世界は包摂されます。ですから「内部」という言葉に意味はありません。
定義はともかく内部表現とは心と身体(であり宇宙そのもの)です。
その内部表現を書き換えていくのが、ヒーリングであり、コーチングや僕らの言うメンタリングです。
ではどうやって書き換えていくのか?
これはシンプルです。
何で書き込まれていて、どう書き込まれているのかを知り、分かり、見えていれば、書き換えが可能です。
これも実際は難しい話ではなく、内部表現は言葉(言語)によって書き込まれています。
(ですので、多言語話者は実際に複数の人格を持ち、話す言語空間によって、人格は実際にスイッチします)。
正確に言えば、内部表現は言葉を構成物としています。内部表現の原材料は言葉ということです。
ということは、、、、宇宙も言葉でできているってことでしょうか?
内部表現というか、自我と宇宙は表裏一体というくらいですから。
我々の古い聖典には少なくともそう書いてありますね。
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は初めに神と共にあった。
1:3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
1:4 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
1 In the beginning was the Word,
and the Word was with God,
and the Word was God.
ーJohn
in principio erat Verbum
et Verbum erat apud Deum
et Deus erat Verbum.
— Biblia Sacra Vulgata (Stuttgartensia)/Ioannes
とあります。
「はじめに言葉ありき」が
In the beginning was the Word, (英語)
in principio erat Verbum (ラテン語)
であることが分かります。
Pincipioとは最初や原理という意味です。Principle(プリンシプル)などを思わせます。
最初から存在するものだから、宇宙の原理であり、宇宙の構成要素です。
これをギリシャ語で読むともっとはっきりします。
Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ Λόγος, καὶ ὁ Λόγος ἦν πρὸς τὸν Θεόν, καὶ Θεὸς ἦν ὁ Λόγος.
です。
はじめに言葉ありき
は
In the beginning was the Word,
in principio erat Verbum
であり、
Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ Λόγος,
となります。
読み方は、エン・アルケー・エーン・ホ・ロゴスであり、アルケーとロゴスというギリシャ哲学の最重要語句が出てきます。
平たく言えば、アルケー(宇宙の原理)とはロゴスであるといういことです。
そうすると、、、「はじめに言葉ありき」がほぼ誤訳と分かりますw
まあ、それはともかく内部表現は言葉でできているのです。
それは発話された言葉に限定されるものではありません。
「まといのば」では、言語と非言語のLUBをロゴスと考えています。ロゴスというのは、上記のアルケーとされているものであり、「はじめに言葉ありき」の「言葉」のギリシャ語原文です。
ロゴスが転じて、Logicになっているので、論理とかアルゴリズムと言い換えることもできます。
たとえば宇宙を統べる法則を現代科学では物理法則と言いますが、これもアルゴリズムであり、この文脈で言えば、ロゴスと言い換えることができます。
これだけ見ると、聖書がいかにギリシャ哲学にハッキングされているかがわかります。
いや影響を受けているというべきか、もしくはパクったというべきか。
神をロゴスと一致させるのは、キリスト教のオリジナルではなく、ギリシャ哲学のお家芸です。
たとえば、最近よく引くセネカを見てみましょう。
ナシーム・ニコラス・タレブが大好きなセネカです。ネロの先生にして、ネロに死刑を命じられたセネカです。
下の文章というか手紙は、セネカが追放された際に、心配するお母様に書かれたものです。
この世界の創造者は、全能の神かもしれません。あるいは、この[世界という]巨大な作品の制作にあたった非物体的な理性かもしれません。あるいは、最大のものから最小のものにまで、万物に同一の圧力で浸透している神聖な気体かもしれません。あるいは、運命ーーーーすなわち、固く結び合わされた普遍の因果連鎖ーーーであるかもしれません。(セネカ『母ヘルウィアへのなぐさめ』)
セネカが2つ目の候補としてあげている「非物体的な理性」というのが、ロゴスのことです。
このロゴスというのを、抽象的にふわふわと考えず、発話された言葉やセルフトークと定義してしまえば、メンタリングが始まります。
そしてすべての問題は言葉の問題であると考えるのが、メンターです。
たとえば、ある言葉にひどく傷ついていた人がいたとします。
でもその言葉の真意は、こうだったんだと知れば、世界は一変します。
明らかに人生にとって最悪の出来事であっても、解釈を変えることで(すなわち言葉を変え、言葉によって見方を変えることで)、最高の出来事に変えることができます。
これは詭弁でもなく、弁論術でもなく(空虚なソフィストでもなくw)、宇宙を変える出来事なのです。
ジョブズは自分が作り出した企業を追い出されたことを(人生を捧げてきたものから裏切られたことを)、人生でもっとも幸運な出来事と定義し直しました。
そして、実際に最も幸運な出来事にしたのです。内部表現の書き換えには実際にそういう力があるのです。
(引用開始)
そのときは気づきませんでしたが、アップルから追い出されたことは、人生でもっとも幸運な出来事だったのです。将来に対する確証は持てなくなりましたが、会社を発展させるという重圧は、もう一度挑戦者になるという身軽さにとってかわりました。アップルを離れたことで、私は人生でもっとも創造的な時期を迎えることができたのです。(引用終了)
というわけで、明日メンター養成スクールの開校です!
初の試みですので、楽しみですね!!
期待してください!!!
【メンター養成スクール 〜ゴール設定と脱洗脳〜】
【日時】 9月19日(土)13:00〜18:00
9月20日(日)13:00〜18:00
【場所】 四ツ谷のセミナールーム(丸ノ内線四谷三丁目駅、都営新宿線曙橋駅が最寄り)
【受講料】 230,000円(PayPal決済可能です。請求先アドレスを記載してください)
*Zoomによるライブ受講やヴァーチャル受講も可能です!
【受講資格】 「まといのば」の開催するスクール修了生(もしくはメンター生・修了生)
【持ち物】 情熱とゴールと筆記用具
【お申し込み】お申し込みはこちら!!