ヒーラーたちに開業のアドバイスをしていて、猛烈に違和感を持つのは、自分が持っていない商品を売ろうとしているということです。
自分が持っていない商品は売れません。
いくら広告しようが、プロダクトローンチしようが売れません(いや、売れるかもw)。
長期的な関係は築けません。
八百屋さんが仕入れていないイチゴを売れそうだからという理由だけで、売ろうとしているような感じです。
その商品が商品棚に並んでいないことは、見えているし、八百屋さんというブランドと合っていないことも顧客には透けて見えてしまうのに、「イチゴ大安売り!!」とポップを書いてしまったりするのです。
イチゴが売れないとなると、イチゴのせいにして、ケーキを売り出したりします。
八百屋さんで売っているケーキ、、、、買う人がいるのでしょうか?
悪い意味で背伸びをしているのに、自分だけがそれに気づけない、、、
そしてそれをやんわりとこちらから指摘すると、まるで生まれて初めてドリームキラーに出会ったかのような顔とリアクションをされるので、、、、最近は「物言えば唇寒し秋の風」と思うことにしています。
無駄なことはしない主義なのでw
自分が八百屋さんならば、野菜への深い愛を、そして野菜料理への深いうんちくを深めていけば良いことです。
野菜が好きで好きでたまらないから、八百屋さんをしているという自分のアイデンティティーを取り戻すことです。
間違っても、、、野菜は好きではないけど、野菜は儲かりそうだから、八百屋さんをやります!!では、ダメなのです。
「次はビーガンがブームになりそうだから、普段は野菜は食べないけど、八百屋さんをしました〜」ではアウトなのです。
そんなのは長期的には透けて見えます。
いやいや、稀にそれで成功できる人がいます。
でもその人達は別なものへの愛情がその上位概念にあるのです。
それはお金への偏愛です。
お金が好きで好きで仕方なくて、それを集めるためには、八百屋さんでもケーキ屋さんでもやります!!という方です(お金が好きという人はそれほど多くありません。お金を持ちたいというのとまた違った角度の愛情なので)。
その場合はもちろんうまくいきます。
お客様にどうやって気持ちよくお金を払ってもらえるかを徹底的に考えるからです。
また、もちろん自分が持っていないということを明確に自覚していて、それを手にするために奇跡を起こそうとしているならば、別です。
たとえばマイクロソフトのビルゲイツのように。彼は持っていない商品を、巨人IBMに売りに行きました。
彼がIBMと契約を交わした時には、MS-DOSはアイデアすらありませんでした。
彼は開発をあきらめて、ソフトを探しにいき、買い叩き、修正して、きっちりIBMに売ったのです。
それに対して、自分が持っていないことにも無自覚で、気功を使えば、一瞬でそのジャンルが学べるか、もしくはちょこっと本を読めば、自分は教えるほどにマスターできると勘違いしている人が多すぎです。
仕入れもせずに、売り始めるのです。
そして売れないと文句を言うのですが、お客様もバカではありません。
ケーキを売り出した八百屋さんに違和感を覚えて、お客様は離れます。
売れる商品というのをどうしても僕らは消費者視点で考えます。
ケーキが売れていると聞けば、ケーキを売り、お花が売れていると聞けば、お花を売ろうとします。
しかし、ケーキや花だから売れているのではありません。
ケーキ作りに情熱を注いできたパティシエのケーキが売れているだけです。子供の頃からお花屋さんになるべく学び続け、花が好きで好きでたまらなく、毎朝冷たい水に手を突っ込んできた人のお花屋さんのお花が売れているだけなのです。
表層的にモノが売れているのではなく、有り体に言えばStoryが売れているのです。
我々が売る商品は我々が情熱を注いできたきたものであるべきです。
それも一朝一夕ではなく、生涯をかけてきたものです。
そこに魅力を感じ、そしてその「好き」が形になったものが商品です。
自分が良い(Good)と思ったものが、形になったのが、商品(Goods)なのです。
それは自分の深いところを探って、出てくるものです。決して、右から左へと移動することではなしえないのです。
リルケがこう若き詩人志望の友人にこう書きました。
高名な詩人であるリルケに、「俺の詩、どうですか??いけてますかね?」と聞いてきたのです。
リルケとしても、「おれもそんなに暇じゃないんだけど」と思ったでしょうが、非常に丁寧に返信しています。
そしてそんな不躾な若き詩人くんは詩を書き続けることなく、ジャーナリストか何かになりました(そんなものです)。
で、リルケはこうアドバイスしています(一部表現をあらめていますw)
自らの内へおはいりなさい。あなたが売らずにいられない根拠を深くさぐって下さい。それがあなたの心の最も深い所に根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。もしあなたが売ることを止められたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白して下さい。
「売る」は冗談で、本来は詩を書くことですがw
とは言え、自らの内へ入ることはきわめて重要です。
持っていないものを売ろうとするのではなく(売れませんし)、自分の内奥にあるものを見出しましょう。
そしてそれはしばしば自分には無価値に思えるのです(←ここ重要)。
僕はセミナーなどでは、何度もアイデアを出すのですが、それを実践する人はわずかです(なぜなら、そこに自分が価値を認めないからです。当たり前すぎて価値を認めないのです)。
そしてなぜかそのアイデアを改悪して、八百屋さんらしい美味しい大根ではなく、ケーキを売り出します。
(まあ、何度そうされてもマシンのようにアドバイスは続けますが)
ただし、実践する人は驚くほど成功して、そしてある種の真理を悟ります。
売れる商品というのは、自分にとっては価値がないか、価値を認めないものなんだ、と。
逆に自分にとって価値があると思っているものは、自分の顧客にとっては価値がない、と。
ここにパラドックスがあります。
【書籍紹介】
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(引用開始)
自らの内へおはいりなさい。あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐって下さい。それがあなたの心の最も深い所に根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。もしあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白して下さい。何よりもまず、あなたの夜の最もしずかな時刻に、自分自身に尋ねてごらんなさい、私は書かなければならないかと。深い答えを求めて自己の内へ内へと掘り下げてごらんなさい。(引用終了)(リルケ『若き詩人への手紙』)