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Channel: 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ
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新しい言語の習得は新しい能力をもたらす、、知は力なりの真の意味(数学も哲学も音楽も芸術も言語)

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「知は力なり」というフランシス・ベーコンの言葉を我々は知識は力という風に理解していますが、より厳密には、ある言語を習得することが、ある能力を獲得することと言い換えた方が良いのかもしれません。




知は力なり

knowledge is power

scientia est potentia

です。

ここでは(懐かしの)ロゼッタストーン状態ですので、Knowledge=scientia=知ということになります(ラテン語のscientiaが英語のscienceになります)。
同様にpower = potentia =力です。
isもestもイコールとして機能します。


我々の「知」という感覚と、knowledgeやscientiaは少し異なります。


この微妙な差を明確に理解するためには、知識の習得とはその言語の習得であると定義を変えてみるのが有効なのではないかと思います。
(というか当時の知識階級にとっては、何かを学ぶとはその前提として、言語を学ぶことでした。ラテン語、ギリシャ語、そしてもしかしたら宇宙を表す言語としてのヘブライ語を)


とある映画の中で描かれていたのは、ある言語を学ぶことは新しい能力を身につけるということでした。

しかし、これは突飛なこととは言えないように思います。


たとえば、核の力を解放しようと思ったときに、我々は時間と空間に対する理解を更新したことを思い出します。17世紀のアルケミアが設定した絶対時間、絶対空間という素晴らしい発想を放棄することで、我々は新しい言語を手に入れ(新しいというか、アップデートされたニュートン力学を手に入れ)、そして新しい力を手に入れました。


ガリレオは哲学は目の前に開かれている最も巨大な書の中に書かれていると言いました。
最も巨大な書とは、、、彼が望遠鏡で覗いてみせた宇宙のことです(ケプラーの先生であるティコ・ブラーエが肉眼で天体観測をしていたことを思い出すと望遠鏡で覗く宇宙というのは画期的でした)。



(引用開始)哲学は眼の前にたえず開かれているこの最も巨大な書[、すなわち宇宙]のなかに、書かれているのです。しかし、まずその言語を理解し、そこに書かれている文字を解説することを学ばないかぎり、理解できません。その書は数学の言語で書かれており、その文字は三角形、円その他の幾何学図形であって、これらの手段がなければ、人間の力では、そのことばを理解できないのです。(引用終了)(贋金鑑識官 p.308 世界の名著21巻「ガリレオ」)
*これについて、ナシーム・ニコラス・タレブがガリレオは目が悪かったのだろうかと噛み付いたのは懐かしい話ですw
我々はプラトン主義に毒されすぎです。もしくは脳が処理のコストダウンのためにそれを要求します。


*贋金鑑識官


「時間と空間に対する理解を更新」というのは、もちろんアインシュタインの特殊相対性理論のことを指します。
昨日のセミナーでも話題にのぼりましたが、「光速度一定」という無茶な設定(無理ゲー)で世界を記述しようとすると、異なる慣性系では異なる時間の流れを想定しないと矛盾が生じます。
電車の中と駅のホームでは異なる時間の流れを想定します(電車の中の時間が遅れるのです)。

この等式において、時間を記述しているにもかかわらず相対速度が問題になります。
(ローレンツ変換について語っています)

すなわち、時間の式に不可避的に速度がからむのです。同じ方程式の中に時間と空間の座標が入ってくるということです。時間と空間は同じ座標の異なるパラメータであり、その意味ではxzyの座標と同じく交換可能です。

そしてE=mc^2があらわれ、原子力は解放されます。
(ここも気をつけなくてはいけないのは、アインシュタインが解放したのではなく、アルケミストの末裔たるケミストたちの活躍がありました。たとえばキュリー夫人などの)


我々は新しい言語を学ぶことで、新しい能力を手に入れるのです。

世界を読み取る新しい言語としての特殊相対性理論が、原子力をもたらしました。

認知科学が気功をもたらしたのと同様です(厳密には気功の大衆化をもたらしました。認知科学が生まれるはるか以前から、気功や魔術や呪術は存在しています)。

数学を学ぶことで(計算能力などよりはるかに重要な)、情報空間の歩き方を学びます。

論理学を学ぶことで、情報空間のアルゴリズムを操作する端緒につくことができます。


言語を学ぶことで(数学も物理学も論理学も音楽も言語です)、我々はいつも新しい能力を知らず知らずのうちに獲得しているのです。

気をつけたいのは、我々が学んできた数学や物理学はカニとカニカマくらい違うものの可能性があるということです。子供に教えるのはこのくらいでいいだろうと手を抜かれた原型を留めない劣化コピーの可能性があります。

魔術のカラクリとしてしばしば引用したラカンの言葉を思い出します。
人間と記号表現の関係において、わずかな変更が大きな変化を生みます。


(引用開始)人間と記号表現の関係において(この場合は釈義の手続きにおいてだが)、少しでも変更をほどこせば、人間の存在様態をつなぎとめる路線が修正されることになって、歴史の全行程が変わってしまうのである。 (引用終了)(ジャック・ラカン)


だからこそ、きちんとした教養を身につけるというのは、新しい世界の見方を身につけることであり、新しい能力を身につけることです。


科学は哲学と同様に重要な言語の一つだと僕は思います。

そして、ガウスいわく「科学の女王は数学、数学の女王は数論」です(まだ数学が女王の座にいた時代のことですね)。




その数論の美味しいところを今日の寺子屋で楽しく学びましょう!!!

そのことで着実に新しい素晴らしい能力を手にします!

お楽しみに!!






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