まずは寺子屋へのご質問への回答から!
(あ、まといのばの寺子屋に特化した寺子屋受講生のための寺子屋スピンオフブログもお楽しみに!)
寺子屋「数論(旧「はじめての算数」)の予習をしていたところ、リーマン予想に関する板書のくだりがよくわからなかったとのことです。
式変形は分かるものの、『「ゼータ関数の自明でない零点の実数部のすべては 1/2 である」という定義が何を意図したものなのかよくわからなかった』というご質問と、
また、オイラー積って何ですか?
リーマン予想が素数とどんな関連があるのですか?
というご質問でした。
参考になるのは、たとえば、こちらの記事『【寺子屋】先日の「算数」講座の補講であるリーマンゼータ関数の音声教材も配信中 2013-07-13』などです。
ポイントはシンプルです。
まず「リーマンゼータ関数のすべての非自明な零点の実部は 1/2 である」というこの言明は定義ではなく、予想です。
すなわち正しいと思われるけれど、まだ証明されていない仮説という意味で予想です。
*リーマン、リーマンと言ってもサラリーマンではありません。名前です。偉大な数学者です。
僕はフェルマー、マクスウェル、リーマンの3人が真に偉大な天才だと思います。
ちなみにこの予想の意味についてはさらっと確認しましょう。
零点というのは、=0となるような解のことなので、方程式を解くときと同じです。
f(x)=0のときのxの解みたいなものです。これが零点
そして非自明な零点に対して、自明な零点というのは負の偶数のことです。負の偶数以外の解が奇妙なことに、A+Biという複素数のカタチでその実部のAが二分の一ということです。
リーマンゼータ関数って何ということを含めて詳しくは、こちらの記事『【寺子屋】先日の「算数」講座の補講であるリーマンゼータ関数の音声教材も配信中 2013-07-13』を参照してください。
で、この予想が何を意図しているかと言えば、、、、、、、難しい質問です。
逆にこの予想が証明できれば、素数の世界がもう少し分かるのではないかと期待しているという状態です。
そもそも素数に関しては、その出現の割合にせよ、出現頻度にせよすべてがランダムです。
分かっていることと言えば、古代ギリシャから変わらずです。
唯一、素数は無限にあるということだけです。
(あとは自然数が素数とその合成数だけで構成されていることは自明でしょう)
素数についてはとっかかりがほとんどないと言っても良い状態です。
その唯一のとっかかりがこのリーマン予想なのです。
数学者としては、このリーマン予想という割れ目から上の次元を目指せるのではないかと期待しているのです。
*ほんのわずかな裂け目から、上の次元へワープするきっかけをつかもうとします。
またオイラー積をなぜ出すの?という質問ですが、これは級数という和の状態をオイラー積という積の状態に書き換えることができるという驚くべき等式です。
これだとよくわからない場合は、上記のシンタックスに対して、セマンティクスを書いてみるとわかりやすくなるかもです。
観念的には和と積は同じものと我々は理解していますが、それを実際に現実に実現したのがこのオイラー積です。
積のカタチにすると便利なことがたくさんあります。
そのために積にします。
これもなぜこのようなことをするのか?というよりは、いろいろといじっていたら面白い性質が分かったという感じのものです。
リニューアル1期ヒーラー養成スクールでもやりましたが、基本的には情報空間の歩き方は「手探りとランダム」なのです。
真っ暗闇の中を手探りで歩き、そしてランダム性をひとつの指標として使って、ランダムウォークします。
素数について知りたいと思ったら、まずは素数をエラトステネスの篩(ふるい)にかけて探し出すところから始めます(いまだに巨大な素数をコンピューターを使って探し続けています)。
そしてその分布や出現頻度をあーでもないこーでもないと探し、何か素数の秘密を解こうとしているのです。
繰り返しますが、素数に関しては、古代ギリシャからほとんど進歩がないのです。
情報空間の歩き方、そして情報空間の冒険というのは、ランダムな手探りです。
闇雲にいろいろと試し、ここに何かありそうだという直観だけを頼りに、掘り続けるしかないのです。
余談ながら、情報空間をなにか観光地のようなものと誤解している人が多いのですが(そう誤解させている部分があるのかもと少し反省していますが)、観光地は人を楽しませるためだけの楽園です。それは安全なフェイクです。いわばラスベガスのようなもので。そこで世界一周旅行の気分だけを味わうのも悪くはないのですが、気功やヒーリングやコーチングで仕事をするということは、安全地帯を飛び出して、全く手がかりのないジャングルを手探りでサバイバルすることです。他の仕事と同様にいつも命懸けなのです。
CC 表示-継承 1.0, Link
*ラスベガスには何でもあります!ピラミッドも自由の女神もエッフェル塔も!
フェルマーの最終定理(正確には予想というべきですが)を解いたアンドリュー・ワイルズはこう語ります。
(引用開始)最初の部屋に入ると、そこは暗いのです。真っ暗な闇です。
それでも家具にぶつかりながら手探りしているうちに、少しずつ家具の配置がわかってきます。
そうして半年ほど経ったころ電灯のスイッチが見つかるのです。
電灯をつけると、突然に部屋のようすがわかる。
自分がそれまでどんな場所にいたかがはっきりとわかるのです。
そうなったら次の部屋に移って、また半年を闇の中で過ごします。
突破口は一瞬にして開けることもあれば、一日、二日かかることもありますが、いずれにせよ、
それは何カ月ものあいだ闇の中で躓きながらさまよったからこそ到達できるクライマックスなのです。(引用終了)(サイモン・シン『フェルマーの最終定理』)
*詳しくはこちらの記事『どうやったらIQは上がりますか?「誰もが天才だ。 しかし、魚は...」2013-07-31)を参照!
ちなみにこの家具や電灯のスイッチが最初からあると考えるのが、数学で言えば実無限の立場であり、家具や電灯を我々が見出した瞬間にこの宇宙に産み出したのだと考える量子論の観測問題のような立場がアリストテレスがそうであった可能無限の立場です。
円周率はすでに無限にあるのか、それともいま計算したところまでが発掘されたのか(そしてそれ以降は誰が計算しても一意的にそれになる)という2つの立場があります。
我々は実無限の立場が思考のショートカットとして便利に使いつつ(それをプラトン主義と名付けつつ)、可能無限の立場に立とうとしています(直感的ではないのですが)。
実無限という立場はかつてであれば可能な立場ですが、今の我々は情報が物理とつながっていることを知っているので、無限の情報=無限の物理量という状態を信じられないからです。
まあ、そんなわけで、質問への回答などなどでした。
*ラファエロのアテナイの学堂のプラトンとアリストテレスです!
というわけで、基礎から発展までジェットコースターのように楽しめるリニューアル版寺子屋「数論(旧「はじめての算数」)をお楽しみに!!!
かなり面白いです!
【リニューアル寺子屋第7弾『数論 〜整数は神の作ったものだが、他は人間の作ったものである(クロネッカー)〜』】
【日時】 7月25日(火) 19:00~21:00(21:30まで質疑応答!)
【場所】 東京・四ツ谷の「まといのば」のセミナールーム
【受講料】 3万円(銀行振込、もしくはPayPal決済)
【受講資格】 ブログ読者
【持ち物】 筆記用具と熱い情熱
【お申し込み】お申し込みはこちらから。
*数を丁寧に数えましょう!
【映画・小説・漫画紹介】
ちなみに、昨日紹介した「悪」ということについての参照資料です。
悪の教典〈上〉 (文春文庫)/文藝春秋
¥価格不明
Amazon.co.jp
悪の教典 上・下巻セット 全2巻 (文春文庫)/文藝春秋社
¥価格不明
Amazon.co.jp
悪の教典(1) (アフタヌーンコミックス)/講談社
¥価格不明
Amazon.co.jp
アントキノイノチ (幻冬舎文庫)/幻冬舎
¥価格不明
Amazon.co.jp
フェルマーの最終定理 (新潮文庫)/新潮社
¥価格不明
Amazon.co.jp
友人から薦められた「リベンジ」でも見ようかと思います!
↧
【募集中!】何ヶ月ものあいだ闇の中で躓きながら、さまよったからこそ到達できるクライマックス
↧