*寺子屋「やさしいブラックホールの熱力学」の音声教材と板書写真の配信が終わりましたので、簡単にまとめ記事を。
ブラックホールの熱力学については秋季集中講座で1コマ使って解説をしました。当日郵送されたNatureのまとめ記事を引用しての即興の講義でしたが、かなり面白かったのではないかと思います。いまは該当論文も検索すれば全文が即座に手に入りますし、良い時代です。
ブラックホールの熱力学はこの秋季集中講座の内容を敷衍しようと思ったのですが、その前の段階で地ならしすることにしたのが、12月講座の「やさしいブラックホールの熱力学」でした・
かなり楽しかったのではないかと思います。
端的に言えば、3つの視点を往復しながら、自分の中でのブラックホールのイメージを更新することがゴールでした。3つの視点とは、ニュートン力学、一般相対性理論、量子論の3つです。
変えるイメージとしては以下のようなものです。
たとえばブラックホールはブラックでもホールでもないこと。
たとえばブラックホールは重力が強すぎて光が脱出できないわけではないこと。
ブラックホールは絶対零度の凍れる星ではないこと。
たとえば、絶対零度でエントロピーゼロの凍れる壊れた星というのが前世紀のイメージであることを理解することがポイントです。
ブラックホールは実は完全な黒ではなくて、少しだけグレーです。
ほんのわずかだけブラックホール放射(ホーキング放射)をします。これは一種の黒体放射と考えられます。黒体放射とは言っても、量子ゆらぎの仮想粒子の対生成と対消滅の片割れがブラックホールに吸い込まれ、パートナーがブラックホールの引力を脱しつ出来た時にそれがブラックホールからの放射に見えるというカラクリです。ブラックホールから放射されるわけではないのですが、真空からうまれ対消滅する片割れが吸い込まれることで、生じた素粒子なので、実質的にブラックホールから出てきたとみなされます。そして、ブラックホールに吸い込まれたのが反粒子であれば、ブラックホールはその分、質量が減り、質量が減り続けるとブラックホールが蒸発するというのが、ブラックホールの蒸発に関するホーキングの議論です。
放射をするわけですので、温度が定義できます。絶対零度よりわずかだけ温度があります。0ではないということです。そして温度があれば、エントロピーがあり、エントロピーとブラックホールの事象の地平面の表面積は対応します。
で、ここまでは前提として、問題はこのブラックホールの蒸発にまつわる情報の喪失です。
ホーキングとサスキンドの議論はここがポイントでした。
ホーキングはブラックホールの蒸発によって、ブラックホールに吸い込まれた情報(質量やエネルギー)は失われると考え、サスキンドはそれでは情報量の保存が壊れると考えました。
それを鮮やかに提起したのが、ブラックホールの命名者でもあるホイラーです。
コーヒーにクリームを入れてエントロピーは増大します。
そのカフェオレをブラックホールに放り込んだら、そのエントロピーはどうなるのか?という疑問です。もし従来考えられているようにブラックホールのエントロピーがゼロならば、増えたエントロピーが減少することになります。それでは熱力学に反します。
熱力学に反しても良いような気がしますが、いわゆるエネルギー保存の法則、質量保存の法則のアップデート版である情報量の保存に反するのが大問題です(アインシュタインの特殊相対性理論により、エネルギーと質量は等価です。そして交換可能です)。
で、すったもんだあって、その解決は奇妙なものでした。
ブラックホールに吸い込まれるた宇宙飛行士やロケットや衛星や星やガスというのは事象の地平面のほんのわずか(プランク長)だけ上のところにべったりとプランクサイズに分解されて張り付いているというものです。これがホログラフィー理論につながります。
ホログラフィー理論と言っても、ホログラフィーが貼ってあるわけではありません。量子色力学と言っても、量子に色があるわけではないのと同じです。一種の比喩です。三次元情報が2次元に保存されているという意味でしかありません。
そして、これは観測者が異なると異なります。
ブラックホールの外側から見る人にとっては、ブラックホールの表面に張り付いており、ブラックホールに飛び込む探検隊からすると、事象の地平面はあっさり通過するpoint of no returnです。そこには表示もなく、壁もなく、強い重力の違いがあるわけでもなく、たとえば銀河レベルの質量を持つ大容量ブラックホールならば8m/s程度ですし、そもそも通過に際して自由落下していれば重力は感じません。
観測者が異なると観察する結果も異なるということです。
この先にまた面白い話しがたくさんあります。
秋季集中講座直後の記事を長いのですが再掲します。
(ブログ記事より引用開始)
(Natureより引用)
で、面白いのはこのブラックホールの事象の地平面が、ブラックホールの内部情報(エントロピー)をホログラフィックに保持しているということからスタートして、空間内のすべての点がブラックホールの地平線上にあると仮定して、熱力学の概念だけを用いることで、数学的にアインシュタインの一般相対性理論の方程式を導けたそうです。ちなみに該当論文はこちら。
(引用終了)
これはかなり興奮する話です。
昨日も言いましたが、ある理論(仮説、方程式)が証明されると、別な方法での証明が堰を切ったように見つかります。たとえばピタゴラスの定理(三平方の定理)に証明がいくつもあるのは有名です。フェルマーの最終定理もおそらくは今後アンドリューの方法以外の様々な証明が見つかるでしょう。
同様にアインシュタインの方程式も別な道が見つかる可能性はありますし、実際に時空の歪みを用いずに証明できたのだとしたら面白いことです。
NatureDigestから引用して続けます。
(引用開始)
「これは、重力の起源について、何か深い意味を語りかけているようにみえました」とJacobsonは言う。もう少し詳しくいうと、熱力学の法則は本質的に統計的で、無数の原子や分子の運動の巨視的な平均をとったものになっている。従って、彼が導き出した結果は、重力もまた統計的で、時間と空間の目に見えない基本構成要素の巨視的な近似であることを示唆していたのだ。
(引用終了)
科学の世界もネットワークであり、縁起の鎖がつながっていきます。むしろ孤立したときは衰弱死してしまうものです。
1995年のこの研究につながる形で(ちなみにホーキング放射は1974年)、2010年にEric Verlindeにより時空の基本構成要素の統計熱力学から自動的にニュートンの重力法則が導かれることを示し、またThanu Padmanabhanによって、アインシュタインの方程式を書き換えることで、熱力学の法則と同じ形にできることを示されました。
熱力学が大統一理論になるとは思いませんが、熱力学という視点から切ることの面白さを垣間見させてくれます。
(引用終了)
結論から言えば、ブラックホールの表面がブラックホールの中の情報をすべて保持しているというホログラフィー理論を前提にして、ブラックホールの表面だけではなく、時空そのものがこのブラックホールの表面と同じ素材だと考えると、熱力学の考えだけで一般相対性理論の解が導けるということです。すると重力という現象が実は熱などと同じく統計的な現象でしかないかもしれないということです。
しばらくしたら、再びこの議論に戻ってきたいと思います。そのころには原論文を読みながら、数式ベースで議論できるような集団になっているでしょう。楽しみです。
実際に、ここまでくると本当に物理学も楽しくなるのではないかと期待しています!
相対論、量子論などが綺麗に整理され、もっともっと様々なことがつながってくると思います。
お楽しみに。
【書籍紹介】
上記引用はこちらから。
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寺子屋「やさしいブラックホールの熱力学」のポイントをシンプルに言えば
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